心に残るものは、いつも理由の向こうにある − ソール・ライター展と「なんか好き」の正体について

この記事は、写真展「ソール・ライターの原点」へ足を運んだときに撮影した写真とともにお届けします。
カメラが好きな方も、そうでない方も。
自分のなかの「なんか好き」と重ねて、読んでいただけたらうれしいです。

カメラを手にしたとき、
うれしさが抑えきれなくて、何か書き残したくなった。

けれど、言葉がまったく見つからない。
どんなに考えても、どこにも見当たらない。

理由を探すというのは、頭で理屈を組み立てること。
その作用が鈍るというのは、おそらく私にとってこのカメラの魅力は、
理屈じゃなく感覚的に心に響いているのだろう。

・カメラが好き
・写真が好き
・一枚を撮るまでの工程や、そこに乗せられていく気持ちが好き

そんな想いが何層にも重なっていって、
「好き」の理由に、心が追いつけなくなっていた。

なぜ?どうして?
なんて意味のない、もっと遠く尊い世界へ導かれていく。

もっと深くて、
もっと静かな、
説明のいらない場所にいる。

確かにそこに情熱があるのに

やわらかな光が差し込む会場の一角

なんか好き。
よくわからないけど好き。

この、得体の知れない「なんか好き」は、
根拠のあるそれより、ずっと根は深く、

たとえば、忘れたくても忘れられない本や音楽。
言葉にできないのに、心に居座り続けるアート。
そういったものは、なかなか人にうまく伝えられない。
でも、ひっそりしているそれらほど、外に出したときに、やさしい光を放つ。

何度も見返しているドキュメンタリー

ソール・ライターのドキュメンタリーのなかで、
彼が、困ったように返した言葉がある。

「理由なんて、ない。」

周囲がソール・ライターに向け、
質問や理由を求めていることに対して、彼が答えているシーン。

その言葉が、ずっと胸に残っている。
何年も前にその映画を観てから、ずっと。

私は、やりたいと思うことをしてきた。
具体的にしてきたことの理由を問われれば、
やりたかったから!と答えるしかない。


Saul Leiter

このソールライター展で、改めて気づかされた。
「ああ、私もそれでいいんだ」と。

目に見えないものが、ココロをうるおす

窓辺の反射に重なる渋谷の街

言葉にできない、伝えられない。

けれど、
「いつも大切にしているもの」
「気づくと抱きかかえているもの」
は、誰の心にもあるものだと思う。

大切にしているけれど、名前のついていないもの。
誰にも見せていないけれど、ずっと抱えているもの。

こういう感覚は、うまく言葉にできないけれど、
人生の芯のようなところで、自分を支えてくれているように思う。

小さくて、繊細で、掴みにくい「なんか好き」は、
いつしか、人生をかたちづくる一滴になる。

たいせつな唯一無二のライカ

私にとってそのひとつが、このカメラ。
(レンズのキャップが逆さで非常に残念、笑 )

シャッターを押すたびに過去の感覚や想いを蘇らせ
懐かしさと今とを行ったりきたりさせる感情の往復運動は、
まるで自分への毎日の水やりのよう。

いつまでも、
心がみずみずしくいられる感性の一滴をシャッターに込めて。

今日も。

「ソール・ライターの原点 ニューヨークの色」写真展

2023年は生誕100年だった
2023年は生誕100年
展示室の壁に並ぶ、色彩の美しい作品たち
ソール・ライターが見ていた日常がテンポよく並べられる

有名な作品を前に
ソールライターの代表作
ソールライターが撮るアンディ・ウォーホル
アンディ・ウォーホル
ソールライターが撮るユージン・スミス
ユージン・スミス
ソールライターが撮るアンリ・カルティエ=ブレッソン
アンリ・カルティエ=ブレッソン
壁に並べられた色彩の断片たち
かつてはファッション写真家として活躍していた
表紙を飾るソール・ライターの写真
有名雑誌の表紙も
会場の静けさに包まれる、鑑賞のひととき
「SAUL LEITER」とある
観覧者の影が、作品とひとつになる瞬間
ソール・ライターのポジフィルム
ライターが撮影していたポジフィルム
じっと見つめたくなる、色とかたちの詩
豊かな色彩に心を掴まれる
ソール・ライターの視線を見ているかのようなポジ
ひとつひとつじっくり見てても飽きなかった
小さな縁におさめられた、色彩の断片たち
時間を忘れてずっと見ていられる
会場の静けさに包まれる、鑑賞のひととき
圧巻だったスライド・プロジェクション
ソール・ライターの視線が残るような空間
静かな感動でメモが止まらなかった
壁一面に広がる、彼の時間の断片たち

時折見逃してしまうんだ。
大切なことが 今 起きているという事実を。

Saul Leiter