中学生のときに買って、1ページも書かず、そのまましまっていた鍵付きの日記帳。
可愛いけれど、埋めるほどの秘密は、当時の私にはなかった。
ある日、入院中の父の枕元にそれがあった。
血圧の数字と、飲んだ薬の記録。
濃く大きく、まっすぐで、ためらいがない、父らしい文字。
鍵は使われていない。留め具は、ただの飾りみたいに光っていた。
ちゃんとしたノートを買えばいいのに、と一瞬思う。
でも、ページをめくる音はひらひらと軽く、可愛くて、少し切ない。
「社会人になったら、いいペンを使え」
「包丁はちゃんとしたものを買え」
そんな父だったのに、病床の父は、ただ書ければいいになっていた。
父は、カチ、と小さな音を立てて、使わない鍵を閉じた。
秘密を守るためではなく、今日をそっとしまうために。
いま、
その日記帳は、母のもとへ。
父は、遠く静かなところへ。