私は「文脈家(ぶんみゃくか)」と名乗りながら、言葉のまわりを見つめています。
文字だけでなく、そのまわりにある空気や余白、行間にひそむ気配を感じ取りながら、それごとまるっと言葉にして届けられたらと、いつも思っています。
行間に触れたとき、言葉はやっと、息をする。
文章を書いていると、ときどき感じることがあります。
文字と文字のあいだに、静かな気配が流れていること。
そこに意識を向けると、言葉がすこしずつ呼吸を始めるような気がするのです。
ただ伝えるだけじゃなく、
目には見えない何かに、息を吹き込むように。
そんなふうに書いていけたらと思っています。
言葉は、静けさのあとに届くもの
強く主張したり、勢いで押し切ったりする言葉は、
ときに大切なものを見えなくさせてしまうことがあります。
むしろ、余白や、静かな間(ま)のなかでこそ、
ほんとうの響きが生まれるのかもしれません。
言葉を投げるのではなく、手渡すように。
すぐには届かなくても、
じんわりと心に染み込んでいくような言葉を紡いでいきたいのです。
言葉には、流れがあります。
空気があります。
そして、行間があります。
空気や余白、気配といった目に見えないものたちとともに、
言葉を、その人にとっていちばんふさわしい場所へ。
そんな届けかたを、文脈家として大切にしています。